久保木愛弓の生い立ち・wiki経歴|看護学校画像がかわいい?生年月日・出身

スポンサーリンク

横浜市の旧大口病院(現横浜はじめ病院、休診中)で起きた大口病院点滴殺人事件。

2016年に入院患者3人の点滴に消毒液を注入して殺害したとして、殺人罪などに問われた元看護師・久保木愛弓被告の判決が11月9日に横浜地裁で言い渡されます。

10月22日の公判で検察側は死刑を求刑。

久保木被告は「死んで償いたい」と述べていますが、弁護側は心神耗弱状態だったとして無期懲役が相当と主張していす。

家令和典裁判長は「どのような結果になろうと主文の言い渡しは最後にします」と異例の通告をしており、極めて厳しい刑が予想されています。

そこで今回は『久保木愛弓の生い立ち・wiki経歴|看護学校画像がかわいい?』についてまとめていきます。

スポンサーリンク

事件概要

大口病院点滴殺人事件とは、2016年9月に横浜市の旧大口病院(現横浜はじめ病院、休診中)で点滴を受けた70~80代の入院患者3人が相次いで死亡。

点滴に消毒液を混入し殺害したとして、神奈川県警は病院の元看護師久保木愛弓被告(34)を2018年に逮捕。

久保木被告の起訴内容は16年9月15日~19日ごろ、興津朝江さん(当時78)と西川惣蔵さん(同88)、八巻信雄さん(同88)の点滴バッグに消毒液「ヂアミトール」を注入し、同16日~20日に殺害したとされます。

起訴内容では3名を殺害したとされていますが、2016年7月以降、旧大口病院では入院していた48人もの患者が亡くなっっており、久保木被告が関与している疑いがあります。

「事件発覚時から内部の犯行が疑われましたが、多くの遺体は火葬済みだったこともあり、捜査は難航しました。当初は久保木被告も否認し、逮捕までに時間がかかったので報道各社は被告に直接取材することができました。そこでも『自分は犯人ではない』と主張していましたが、後に神奈川県警の女性取調官の聴取に“完落ち”し、犯行を自供して逮捕。罪に問われた『殺人』は3件ですが、久保木被告は『20人くらいにやった』と供述しており、戦後の事件史に残る重大事件となりました」

 

【死刑求刑】《不審死48人「大口病院点滴殺人事件」》「20人くらい殺った」“白衣の堕天使”久保木被告が女性取調官に“完落ち”して語った凶行(文春オンライン) - Yahoo!ニュース
《ついに初公判》大口病院点滴殺人事件で夫を亡くした妻の慟哭「50キロ台だった体重が30キロ台に」「まさか看護師にやられるとは」 から続く

久保木愛弓の生い立ち・wiki経歴

大口病院点滴殺人事件の犯人として逮捕されたのは、当時、同病院で看護師として働いていた久保木愛弓(くぼき あゆみ)被告です。

名前:久保木愛弓(くぼき あゆみ)
生年月日:1987年1月7日
年齢:34歳
出身:福島県
住所:横浜市鶴見区上末吉5丁目
職業:看護師
※職業・住所は逮捕時の情報

 

久保木愛弓福島県で1987年1月7日に誕生。

家族構成は両親と弟の4人家族で、父親の仕事の影響で引っ越しが多かったそうです。

逮捕時に横浜市に家族で暮らしていた久保木愛弓被告は、小学校時代まで茨城県水戸市に家族で住んでいました。

小学校時代を水戸市で過ごし、中学進学に合わせて神奈川県伊勢原市へ引っ越します。

父親は久保木被告が小学校2~6年まで海外に単身赴任しています。

母親の供述調書によると、久保木被告の友人関係については、「多くはなかった」とのこと。

中学時代の成績は普通で、友達も少ないながら充実した日々を送り、久保木被告も中学時代が一番良かったと話しています。

高校は神奈川県公立高校に進学しますが、友人ができずに孤立。

自宅と学校を往復し、本を読み、音楽を聴く毎日だったとのこと。

勉強はそれなりの成績で母親の勧めで、看護師になることを決意。

高校卒業後は看護学校に進学し、2008年頃に看護師免許を取得します。

 

看護師として、働き始めた久保木被告ですが、

大口病院で働く前の病院では回復期のリハビリ病棟に配属されます。

基本的な仕事はこなせましたが、臨機応変な対応を求められると、「混乱する」となかなかうまくできず、寮の壁をけって穴をあけたり、出会い系サイトで男性に会うこともあったそうです。

男性と会うと褒められるのがうれしく、ストレス発散に利用していたみたいです。

 

その後、障害者の病棟に移ると、点滴のルートをとるのに手間取り、患者の家族になじられるようになります。

老人ホームに異動後には、夜勤中に患者さんが亡くなり、同僚が家族になじられるのをみて精神的にショックを受けます。

これらの経験が、久保木被告にとって辛い体験となり、精神的に追い込まれ、

『自分だったらどうしよう』と体調を崩します。

2014年に休職期間を経て、2015年5月に事件があった大口病院に採用されます。

 

大口病院では主に夜勤を担当し、事件が起きた2016年9月は3日に1回の頻度で夜勤のシフトに入っていたそうです。

スポンサーリンク

動機や事件当時の久保木愛弓の環境

久保木愛弓被告は看護師免許を取得し、実際に看護師として働き始めますが、

「患者が亡くなるところに立ち会うことがあり、精神的に辛くなりました」と看護師の仕事が辛かったそうです。

2014年4月に精神科を受診し、3ヶ月間休職もしています。

2015年5月に久保木被告は大口病院に転職し、

大口病院を選んだ理由については「延命措置をとらないから」と。

しかし、大口病院でも「患者が亡くなることが辛かった。ゆくゆくは亡くなる方だから、仕事だから、とは思えなかった」と当時の心境を裁判で説明。

 

被告人質問でも動機について、

「私の勤務中に(患者が)亡くなるのを避けたかった。(患者の)家族から責められるのが怖かった」

「つらかった。仕事だからと割り切ることができなかった」

最初に殺害したとされる興津朝江さんが自身の勤務時間外に亡くなったと知った時は「ほっとしたという気持ちが大きかった」

と述べています。

どうやら終末期患者に対する治療や看取ることに抵抗があり、精神的に辛かったみたいです。

犯行のきっかけとして、2016年4月に別の入院患者が急変して死亡した際の対応を挙げています。

急変時の処置をした久保木被告らに対し、遺族が「看護師に殺された」など激怒したとし、「怖かった」と振り返っています。

 

また、大口病院に入職する前に「看護師をやめるべきだったと思います」とも話し、自分が看護師に向いていなかったと認めています。

久保木被告が事件を起こす直前に母親に『看護師を辞めたい』と相談していたそうですが、

「ボーナスまで頑張ったら」と助言されます。

母親の言葉通り、仕事を続けた結果、

「勤務時間外に患者が死亡すれば、患者の家族への対応を避けられる」という誤った考えにとらわれてしまったのかもしれません。

 

裁判について

10月22日に行われた論告求刑公判では、

検察側は「身勝手な動機に基づく計画的、残虐な犯行で、酌量の余地はない」として死刑を求刑しています。

弁護側は最終弁論で「事件当時、被告は統合失調症の影響で心神耗弱状態だった」と反論。罪悪感と後悔の念を持ち、遺族にも謝罪したとして、無期懲役が相当と訴えています。

久保木被告は起訴内容を認めており、刑事責任能力の程度が争点となっています。

家令和典裁判長は「どのような結果になろうと主文の言い渡しは最後にします」と主文後回しを通告しています。

これまでの裁判の経緯は、東京新聞が詳し報じています。

看護学校画像がかわいい?

久保木愛弓がどこ看護学校に通っていたかは不明ですが、中学時代から神奈川県で生活していたことから、神奈川県の看護学校に通っていた可能性が高いです。

久保木愛弓被告の高校時代の卒アル画像がマスコミにより、公開されています。

高校時代は可愛らしい姿でしたが、看護師時代のストレスから過食になり太ったそうです。

また、久保木愛弓被告ものと思われるfacebookアカウントが見つかっています。

同姓同名で住所も横浜市と一致していました。

該当のfacebookアカウントのプロフィール画像が、フリー素材の美女の顔画像でした。

facebookアカウントのプロフ画像や卒アル画像から久保木愛弓被告が『かわいい』と検索されているみたいです。

タイトルとURLをコピーしました