久米宏の結婚と妻・子供(娘)の家族|現在の画像と降板の理由と真相!

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フリーアナウンサーとして長年にわたり活躍した久米宏さんが、2026年1月1日、肺がんにより81歳でこの世を去りました。

 

所属事務所「オフィス・トゥー・ワン」が1月13日に正式に公表し、多くの人が驚きと悲しみを覚えました。

 

本記事では久米宏さんについて、詳しくまとめていきます。

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久米宏の結婚と妻

久米さんは1969年、大学時代からの知人だった麗子さんと結婚しました。

 

当時、麗子さんはスタイリストとして活動しており、ファッションやメディアの世界で互いに刺激を与え合う関係だったようです。

 

麗子さんは表舞台には出ず、ひたすら夫を陰ながら支え続けました。

 

元モデルでもあった彼女は、容姿だけでなく知性も兼ね備えた女性で、長年にわたる深い信頼で結ばれていたと伝えられています。

 

1980年代には、久米さんの不倫が週刊誌で報じられ、家庭に大きな波紋を呼んだ時期もありました。

一時は離婚説まで飛び交いましたが、最終的に二人は婚姻を維持。騒動後はメディア露出を控えめにし、家族との静かな時間を優先する生活へと変わっていきました

 

久米宏の子供(娘)

米さんと麗子さんの間には子どもはいませんでした。麗子さんが子宮内膜症や子宮筋腫のため子宮摘出手術を受け、妊娠・出産が難しかったためです。

 

二人は子どもがいない人生を互いに受け入れ、支え合いながら歩み続けました。晩年は東京で穏やかに暮らし、生前墓の準備も整えていたそうです。

 

 

一部で「娘がいる」という話が広まっているようですが、これは事実ではありません。

 

おそらく、伝説的なロカビリーバンド「BLACK CATS」の元メンバーである久米浩司(くめ・ひろし)さんに、モデル兼アーティストとして知られる娘のMisaki(本名:青野美沙稀、みさき)さんがいることから、名前が似ているせいで混同されてしまったのではないかと思われます。

 

久米宏の現在の画像

フリーアナウンサーとして長年活躍した久米宏さんの近年のメディア出演は、2020年代に入ってからかなり限定的になっていました。

 

主な活動の中心は、2006年から続いていたTBSラジオの『久米宏 ラジオなんですけど』でしたが、2020年6月27日の放送をもって番組が終了。

 

これが彼の最後のレギュラー番組となりました。

 

終了時には「5年くらい前から言い間違いが増えた」など、健康面での配慮を理由に挙げ、淡々と締めくくったそうです。

 

テレビでのレギュラー出演は、2004年の『ニュースステーション』終了以降ほとんどなく、ゲスト出演も散発的でした。

 

2020年代では、目立ったテレビ登場は確認されていません。

 

過去の例として、2018年にフジテレビのトーク番組『ボクらの時代』に出演した記録がありますが、それ以降のテレビ露出は極めて少なくなっていました。

 

インターネット・ウェブメディアでは、所属事務所関連の「Knock Knock」で配信されていたインターネット番組『Kume*Net』(くめねっと)が、毎週水曜・日曜に更新されていましたが、2021年5月30日の194本目を最後に活動を休止(事実上の終了)とされています。

 

2023年には自伝『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』を出版し、文春オンラインなどでインタビューに応じ、近況として「最近は映画ばかり見ていて、週2回は試写会に行く」などと語っていました。

しかし、世間の前に姿を現すことはありませんでした。

 

降板の理由と真相!

久米宏さんの「降板」といえば、主に2つの大きな出来事が話題になりました。

テレビ朝日『ニュースステーション』の終了と、TBSラジオ『久米宏 ラジオなんですけど』の番組終了です。それぞれの経緯と本人が語った「理由」や周囲の憶測を、事実ベースでまとめます。

 

『ニュースステーション』の降板(2004年3月終了)

  • 経緯
    1985年10月スタートから18年半(放送回数4795回)にわたる長寿番組。久米さんはメインキャスターとして、報道とエンタメを融合させたスタイルで民放報道に革命を起こしました。
    2003年8月に2004年3月での終了を発表。最終回(2004年3月26日)では、生放送中にビール瓶を手に「18年半やりましたよ。僕はえらいと思うんだ。これは僕にご褒美」と自ら注いで一気飲みし、「本当にお別れです。さようなら」と締めくくったシーンが伝説的に有名です。
  • 本人が語った主な理由
    自伝的エッセイやインタビュー(例: 2017年の週刊新潮、デイリー新潮など)で、久米さんは「そろそろ潮時だと思った」と振り返っています。

    • 番組のピークを過ぎ、政治とテレビの関係が変わってきたことに嫌な予感を感じた。
    • 長期間同じスタイルを続けるとマンネリ化する恐れがあり、**「いい時にやめる」**のが自分流だと強調。
    • 後年(2017年頃)の発言では「やめなきゃよかった」という後悔も少し漏らしましたが、基本的には自らの判断で区切りをつけた形です。
  • 真相・憶測
    一部で「局側からの圧力」「政治的な忖度」などの噂もありましたが、本人の発言や関連報道では明確な証拠はなく、本人の健康・年齢・番組の鮮度維持を重視した自主的な決断が主流の見方です。1999年10月には一度「契約切れ」を理由に生放送中で突然降板宣言(その後3ヶ月で復帰)したエピソードもありましたが、これも契約交渉の駆け引きだったとされています。

 

 

『久米宏 ラジオなんですけど』の終了(2020年6月)

  • 経緯
    2006年スタートのTBSラジオ唯一のレギュラー番組。タブーにも切り込む「久米節」が人気で、14年続きました。2020年6月6日の放送で本人が突然「今月いっぱいで終了」と発表。最終回(6月27日)には伊集院光さんをゲストに迎え、半世紀の放送人生を振り返りました。
  • 本人が語った理由
    番組内で「理由は複数ある。100以上ある」と前置きし、主に以下の点を挙げました。

    • ここ数年(特に5年くらい前から)、言い間違いやケアレスミスが増えた。自分でラジオを聞き直すと「赤と言ったつもりが黒」など明らかなミスが目立つ。
    • 年齢による集中力・根気・記憶力の衰えを実感。
    • **「下り坂になってからやめるのは一番よくない」**という持論。調子のいい時に区切るのが、リスナー・スタッフにとって良い思い出になる。

    年明け早々にTBS側と事務所で決まっていたが、新型コロナの影響で発表が遅れたそうです。

  • 真相・憶測
    番組が高聴取率で安倍政権批判が鋭かったため、「政権や上層部からの圧力」「電通・東京五輪関連のタブー批判が原因」などの陰謀論が一部で飛び交いました(森永卓郎さんなど他局パーソナリティも疑問を呈した)。
    しかし、久米さん本人は一貫して自身の衰えと引き際の美学を理由に挙げており、コロナ以前(2020年1月頃)に決定していたと明言。最終回でも政治色を強く出さず、淡々と締めくくったため、本人の健康配慮が本質という見方が強いです。
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