柳家花緑の学歴や父親・兄と結婚した嫁とwiki経歴も

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2月24日のNHK「あさイチ」で落語家の柳家花緑(やなぎやかろく)さんがゲスト出演されます。

明日の「あさイチ」では大人の発達障害についてスポットがあてられます。

実は柳家花緑さんは識字障害(ディスレクシア)という学習障害(LD)があります。

幼少期は苦労されてきたそうでうす。

今回は『柳家花緑の学歴や父親・兄と結婚した嫁の家族まとめ!wiki経歴も』についてまとめていきます。

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柳家花緑の学歴・wiki経歴


芸名:柳家花緑(やなぎや かろく)
本名:小林 九(こばやし きゅう)
生年月日:1971年8月2日 49歳
出身:東京都
学歴:豊島区立目白小学校→豊島区立高田中学校(現:千登勢橋中学校)
父親:和田恵秀(画家・俳優・歌手) 
母親:小林喜美子(元タレント)
兄:小林十一(元ダンサー)
祖父:5代目柳家小(母方)

 

柳家花緑さんは戦後最年少の22歳で真打ちとなっています。スピード出世ですよね。本人の才能もあったのでしょうが、母親の小林喜美子さんが2人の兄弟の内1人は落語家にさせたいという想いがありました。

小林喜美子さんは自分の父親である5代目柳家小さんに花緑さんを入門させます。この時、花緑さんは小学1年生で初高座はわずか9歳でした。

ちょうどこの頃両親が離婚して、母親と祖父と兄の4人で暮らします。

柳家花緑さんは「祖父は父替わりで、落語を始めてから師匠。芸も生き方も学びました」と語っています。小学生の時に入門したため、中学校卒業後は進学していません。

1987年2月、祖父である5代目柳家小さんに入門し。前座名「九太郎」。

1989年9月「小緑」で二つ目。

1994年3月に真打昇進、「花緑」に改名。

真打昇進時の年齢22歳で、戦後の落語界最年少です。

幼少期から生活の全てが落語漬けとなり濃密なを時間を過ごした結果、22歳で真打ちになれたのだと思います。

落語の特徴はスピード感のある歯切れの良い語り口が人気です。

古典落語をベースとしながらも、新作落語など新ジャンルにも挑戦しています。

落語以外にもテレビ・映画・舞台でも活躍しており、2003年からメディアへの露出が増えています。落語に詳しくない人でも知っている人が多いのではないでしょうか。

2017年に発達障害であることを公表

2017年には発達障害の一種である学習障害であることを公表しました。

公表以降発達障害関係の講演もしています。

学習障害にはいろいろありますが、柳家花緑さんの場合は「文字」の認識が苦手な識字障害です。

識字障害とはどういうものなのか。これを説明するのは、すごく難しいんです。たとえば「婦人公論」と紙に書いてあったとします。僕の場合、「婦人」という字を見て、それを脳が認識して言葉として理解するのに3秒くらいかかったりする。疲れていたり、ストレスがかかった状態だと、さらに文字の認識が難しくなります。

この識字障害で学生の時代は勉強がまったくできない完全な落ちこぼれでした。

一番つらかったのは、国語の授業の音読。ほとんと読むことが出来なかったそうです。

そんな幼少期ですが、祖父が落語家で自分も高座にあがっていたのでテレビに出演。テレビに出たとうことで学生の間で一目置かれる存在になります。

そのおかげでいじめられるということもなく、引きこもりにならなかったそうです。

落語については師匠から“口伝”で教えられ耳で覚えることが出来たので、なんとかなったそうです。

それでも新作落語を覚えるのは大変で、何度も何度も稽古しているそうです。

父親・兄

父親は和田恵秀(わだ けいしゅう)さんです。

画家に俳優に歌手と多彩な人物です。本名は和田一壮(わだ かずお)さんで、現在80歳。

1980年頃から画家活動が中心になり、日本漫画家協会会員を務めています。

兄は元ダンサーで振付家の小林十一(こばやし じゅういち)さんです。

やはり兄弟、並ぶと似ていますね。2人とも良い笑顔で兄弟仲は良さそうですね。

小林十一さんは1969年3月11日生まれの51歳。10歳の頃からバレエの道に進み、海外留学を経て、スイス「ベジャール・バレエ・ローザンヌ」に入団。

2003年に腰椎椎間板障害のためバレエ団を退き、以後指導者として活動。

2013年からは南フランスに移住して妻と娘さんと暮らしています。

結婚して嫁がいる

柳家花緑さんは2010年に4歳年上の一般女性と結婚しました。

奥様は花緑さんのファンでお互い顔見知りだったそうです。かなり熱狂的なファンで追っかけをしていたそうです。

現在結婚して10年以上たちますが、お子さんが生まれたという情報はありませんでした。

世間の反応

苦手なことを当たり前に出来るなんてすごいんだが、出来ない理由を考えるより、出来ることを伸ばして行くって日本ももっとそうなって欲しい。

 

花緑さんの落語を聞いたことがあります。障害のことも知ってました。
私には理解できないご苦労があったのだろうと思います。
しかし、少なくとも舞台の上では誠の真打ちでした。
よく知っている人情話でしたが、久しぶりにじ~んときました。

 

何かの番組で柳家花緑さんが症状を説明しているのを見て、私も同じだと思いました
本当にみんなの前で読むのが嫌だった
なんで、こんなに努力してるのに
みんなの様に出来ないのか、悩み
苦しかったし辛かった
でも、なんだかんだ30代になって普通に仕事して家庭を持って生活してます

 

花緑師匠は「小学校の二年生から勉強についていけなくなった」と話していました。
それでも、短いもので10分、長いものでは30分を超える噺を200くらい記憶していて、高座ですらすらと演じるのだから、本当にすごいです。
きっと相当の努力をされているのでしょうね。

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