山崎康晃の母:山崎ベリアの顔画像や出身|姉や父親|病気や死因は?

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DeNAは30日、山崎康晃投手(29)の母ベリアさんが死去したと発表しました。

山崎投手は通算170セーブ。今季は27ホールドを挙げるなどセットアッパーなどで活躍。

ベリアさんはフィリピン出身で、山崎投手は日本人の父との間に生まれたハーフです。

帝京高へ進学するまで母のもとで育てられていました。

そこで今回は『山崎康晃の母:山崎ベリアの顔画像や出身|姉や父親|病気や死因は?』についてまとめていきます。

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山崎康晃の母:山崎ベリアの顔画像や出身

 

山崎康晃の母ベリアさんは19歳のとき、首都マニラに近いパテロスという街から日本語を学ぶために来日し、翌年に結婚しています。

長女の麻美を出産し、2年後の1992年10月2日に長男である康晃が誕生しました。

康晃投手が小学3年生の頃に両親が離婚します。

ベリアさんは故郷に戻ることも考えますが、

家族4人の話し合いの場で、当時2年前から野球を始めた康晃投手が、「おれは野球が続けたい」と言ったため、

息子のために日本に残ることを決心しました。

 

ベリアさんは2人の子供を育てるために朝早くから工場に向かい、夜は飲食店と寝る間を惜しんで働きます。

 

 

山崎投手も小さい頃から母親の苦労を見てきていたので、

帝京高校への入学が決まった時には母親へ手紙を書き、

「オレ、本当に頑張ってプロ野球選手になるから。年収5000万もらって 家でも、なんでも、かってやるから」

と、プロ野球選手になることを誓っていました。

 

べリアさんの努力もあり無事に2人の子供を育て上げ、山崎康晃投手は2014年にDeNAにドラフト1位指名され、入団します。

 

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姉や父親

山崎康晃の姉の名前は麻美さんです。

山崎康晃投手の2歳年上です。

姉弟仲はとてもいいそうです。

一般の方のなので普段は何をされているのかは不明ですが、ツイッターで弟の活躍を応援しています。

山崎康晃投手の父親ですが、名前などは不明でした。

山崎康晃投手の父親は家庭を顧みない人だったそうなので、苦労されたのかもしれません。

実は山崎投手の両親は森本稀哲氏(日本ハムー横浜DeNAー西武、現解説者)と知り合いで、康晃投手が小学生の頃から家族ぐるみで付き合いがあったそうです。

山崎康晃は12歳年上の森本氏をを追い掛けて、東京・帝京高校の応援のために甲子園球場へ足を運んでいたそうです。

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山崎ベリアさんの病気や死因は?

山崎ベリアさんは51歳という若さで亡くなりましたが、

死因など詳細については遺族の意向で差し控えるとしています。

山崎ベリアさんに何か病気や持病があったのかと思い、調査しましたが、

そのような事実は確認できませんでした。

ここ数年、山崎選手は不調だったため、もしかしたら母親の体調面を気にするなど、精神的な影響があったのかもしれないですね・・・

ご冥福をお祈り申し上げます。

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