上田美由紀死刑囚の生い立ちと家族(子供)は?死因・死亡

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「鳥取連続不審死事件」の犯人である上田美由紀死刑囚(49)が、収容先の広島拘置所で死亡したことが明らかになりました。

2023年1月14日に収容先の広島拘置所の居室で食べ物をのどに詰まらせむせた後、倒れてしまい、病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。

死因は窒息死だったということです。

そこで今回は上田美由紀死刑囚について詳しくまとめていきます。

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上田美由紀死刑囚の生い立ち


名前:上田美由紀(うえた みゆき)
生年月日:1973年12月
出身地:鳥取県倉吉市

上田美由紀の旧姓は堀江。

ただ、上田美由紀死刑囚は韓国籍で、本名は「李 美由」という情報がありましたが、真偽不明となっています。

 

 

土木作業員の父親と専業主婦の母親のもとに生まれ、5歳年上の兄がいました。

 

上田美由紀は、小学時代に隣家に勝手に上がり込んでは物を盗んだり壊したりするような子供で、素行が悪かったそうです。

 

 

中学に進学後も素行の悪さは治らず、高校に進学するも中退。

 

高校中退後は地元を離れ大阪でストッキングの製造工場や結婚情報センターで働きますが、どれも長続きしませんでした。

 

 

その後、知り合った自衛隊員の男性と結婚します。

 

結婚したとき上田美由紀はまだ10代後半でしたが、

2人の子供を儲けます。

 

しかし、金銭トラブルを起こしたため1996年頃に離婚。

 

子供を連れて実家に戻った上田美由紀は、地元で知り合った会社員の男性とすぐに再婚。

 

再婚後、さらに2人の子供が生まれますが、2004年に離婚。

 

4人の子供を持つシングルマザーとなった上田美由紀は、

鳥取市のスナックでホステスとして働くことになります。

 

ホステスとして働くことになりましたが、収入は少なく生活は困窮。

 

金銭目的で男性に近づいては、次々と金銭トラブルを起こし、その状況から逃れるために「鳥取連続不審死事件」が起きたとされています。

 

2004年から2009年までの間に上田美由紀の周辺では6人もの男性が不審死を
遂げます。

 

 

40代の新聞記者の男性は、ダンボールに入った状態で電車にひかれ死亡。

 

トラック運転手の男性は海で水死など。

 

 

 

いずれも、事故死や自殺として処理されていましたが、いずれの男性も、上田美由紀と関係があったことが判明します。

 

2009年11月2日、上田美由紀が詐欺容疑で逮捕されると同時に、鳥取の連続不審死についても本格的な捜査が開始。

 

不審な死を遂げた男性の中には、上田美由紀に1千万円以上を貢いでいた人がいることも判明。

 

その後、上田美由紀は警察に再逮捕され、裁判ではこれらの不審死のうち、2人に睡眠導入剤を飲ませて溺死させたとして強盗殺人の罪で死刑判決を受けます。

 

上田美由紀死刑囚の家族(子供)は?

逮捕当時、上田美由紀死刑囚には5人の子供がいました。

2人の元旦那との間に4人の子供をもうけていましたが、その後さらにもう1人子供を出産していたようです。

上田美由紀は5人の子供と、家賃2万5,000円のアパートで暮らしていたのですが、家事をほとんどしていなかったようで、室内にはゴミが散乱。

ほとんどネグレクト状態だったようです。

現在子供たちがどのような生活を送っているのかは不明でした。

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