谷本盛雄の生い立ちと板金工場・父親の会社はどこ?妻,息子や前科(殺人未遂)【顔画像】

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大阪・北新地のビルで24人が死亡した放火殺人事件で、容疑者とされる61歳の男が谷本盛雄だと実名を明らかにしました。

谷本盛雄について過去に前科があったと文春が報じています。

そこで今回は谷本盛雄の経歴についてまとめていきます。

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谷本盛雄の顔画像

こちらが大阪市北区のビルで24人が死亡した火事に関与しているとされ、実名が公表された谷本盛雄(61)です。

谷本盛雄は住所・職業不詳と報じれら、現在も病院で治療中です。

容態は意識不明の重体で、予断を許さない状態です。

谷本盛雄の生い立ちと板金工場・父親の会社はどこ?

谷本盛雄の父親は大阪市内で板金工場を経営しており、谷本盛雄も高校卒業後に職人になります。

1986年には既に結婚しており、2人の息子がいたことが明らかになっています。※詳しくは後述

2002年から2010年までの間に父親の会社とは別の大阪市内の板金工場で働いていました。

職人としての腕は抜群で、長く活躍し、後輩職人からも慕われていたそうです。

しかし、2010年に突然会社を辞めてしまい、音信不通になります。

勤務態度は真面目だったそうですが、社長は「少し短気なところもあり、私がアドバイスしたり注意したりするとかっとなって口を利かなくなることもあった」と話しています。

谷本盛雄が働いていた板金工場と父親が経営していた会社について調べましたが、詳細は不明でした。

大阪市内だけでもかなりの数の板金工場があります。

 

※追記

谷本盛雄の父親は既に亡くなっており、谷本盛雄の兄が父親の工場を継いでいたことが判明しました。

谷本盛雄は高校卒業後は父親の下で職人として修業。

会社員だった兄が父親の工業を継ぎ、それを不満に思った谷本盛雄は上記で触れた別の板金工場で2002年から働き始めたそうです。

 

 

谷本盛雄の生い立ち:家族(妻,息子)

谷本盛雄は結婚しており、妻と息子が2人います。

2011年4月時点で25歳になる長男がいたことが明らかになっているので、1986年には結婚した可能性が高いです。

谷本盛雄は家族4人で暮らしていましたが、2008年に離婚。

2人の息子は元妻に引き取られ、一人暮らしとなります。

一人暮らしの寂しさに耐えられず、2009年に元妻に復縁を申し込みますが、断られます。

その後、自殺を考えるようになりますが、一人では怖くなり自殺を決行できず、当時働かず、元妻に迷惑をかけていた長男を道連れにしようと考えるようになります。

その後、さらに心情が移り変わり、

「家族は一緒でなければならない」という理由から、元妻や次男も道連れにすべきだと考えるようになります。

2010年には仕事を辞め、2011年にある事件を起こします。

それが谷本盛雄の前科となります。

谷本盛雄の生い立ち:前科(殺人未遂)

谷本盛雄は2011年4月に無理心中を企てます。

それが以下の事件です。

 

当時のニュース記事は残っていませんでしたが、ツイッターには谷本が起こした事件についてツイートされていました。

2ch(5ch)にも事件のスレが残っていました。

 

2011年4月25日、谷本盛雄は大阪市西淀川区大和田のマンション一室で長男の頭部などを刺し、殺害しようとした疑いが持たれています。

長男は負傷しますが、命に別状はないとのこと。

谷本盛雄は容疑を認め、殺人未遂の疑いで逮捕されます。

裁判では弁護側が、孤独によるうつ病といった精神疾患などを原因に減刑を求めます。

 

先述の通り、谷本盛雄は離婚後の2010年に仕事を辞めています。

事件当時も無職で金を競馬に費やして自身の生活費にも困るような状態だったそうです。

この状況について、裁判官は自身の行いが招いたことを打開するために、家族を犠牲にするのは『家族に対する甘え』と切り捨てて、懲役5年を言い渡します。

懲役5年の判決も軽い気がしますが、いまどうこう言ってもしょうがないですね。

 

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谷本盛雄の生い立ち:事件後の生活と現在

谷本盛雄は刑に服し、出所後は西淀川区、淀川区周辺を転々として暮らします。

谷本盛雄はここ数年、体調を崩して仕事はしている様子はなく、

知人には『福祉のお世話になっている』『家族に縁を切られて独りぼっちで悩んでいる』と話していたそうです。

谷本盛雄には父親や兄もいましたが、縁を切られていたみたいです。おそらく前科のせいだと思います。※追記 父親は既に亡くなっていることが判明しました。

 

ここ最近は、

谷本は酒好きでアルコール依存症になり、火災のあった心療内科クリニックや、いくつかの病院に通っていたそうです。

『病院に行き、いろいろ薬をもらうが、よくならない』と周囲に愚痴り、酒を飲んでは暴れて、悪態をつき、いろいろとトラブルを起こしていたみたいです。

 

コロナ前は自宅近くの飲み屋でもトラブルを起こしていました。だから男を知る別の人も、ひょっとしてと言っていた。ただ、放火と聞いて、そんな大きなことができるような人間ではないと思うのですが…

【大阪ビル火災】放火の疑いの60代の男「アルコールでトラブルも」 府警が自宅を家宅捜索〈dot.〉(AERA dot.) - Yahoo!ニュース
 大阪市北区曽根崎新地で24人が死亡したビル火災で、大阪府警は60代の男が火元の心療内科クリニックに来院直後に放火したとみて、殺人と現住建造物等放火の容疑で捜査本部を設置した。

 

谷本盛雄は現、西淀川区姫島1丁目の3階建ての住宅に住んでいました。

 

 

ニュース映像から自宅住所も特定されていますが、

グーグルのストビューが入れない入り組んだ場所にあるみたいです。

そのため、ニュース映像とストビューの比較画像を掲載できません。

 

住所も判明していますが、万が一違う可能性もあるので、掲載は控えます。ご容赦ください。

谷本は現在の自宅に1,2ヵ月前に引っ越してきます。

一人暮らしだったみたいです。

 

事件当日の流れ

17日朝、谷本の自宅から火が出る騒ぎが起きます。

住民の話では『男(谷本)が自宅に放火したようだと警察から聞きました』と話しています。

谷本の自宅で火災が起きた30分後に大阪市北区曽根崎新地1丁目の8階建ての堂島北ビルの4階にある西梅田こころとからだのクリニックで火災が発生。

 

同クリニックでは火災当時、リワーク集会という職場復帰を目指す患者らが集うプログラムが開かれていました。

 

同クリニックでは毎週金曜の午前10時~午後4時は、職場復帰に向けた「リワークプログラム」を開催しており、火災当時も多くの患者やクリニックスタッフがいました。

 

目撃者証言によると、谷本はクリニックに入り、待合室の暖房器具の近くに紙袋を置いて蹴り倒します。

倒れた紙袋から漏れ出た液体が引火したとのこと。

漏れ出た液体はガソリンの可能性が高いとのこと。

この火災で24人の死亡が確認され、軽傷1人、重体が3人となっています。

重体の3人のなかに谷本盛雄がいます。

谷本は意識不明の重体ということで、事件の真相や動機などは明らかになっていません。

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