越智直正のwiki経歴と豪邸|妻や息子・娘|tabio会長の死因

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靴下専門店「靴下屋」などを全国展開する「タビオ」会長越智直正さん(82)と妻の麗子さんが軽トラックにはねられ亡くなる事故が起きました。

 

事故が起きたのは6日午後6時半ごろの奈良県広陵町三吉の町道。

 

越智会長夫妻が道路を歩いて渡っていたところ、出口博章容疑者(45)が運転する軽トラックにはねられました。

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越智直正のwiki経歴

越智直正氏は1939年6月2日愛媛県生まれ。

1955年に中学校を卒業後、大阪のキング靴下鈴鹿商店に入社。

1968年に独立し、靴下の卸売業としてダンソックスを創業。

1982年に小売りに進出し、1984年にフランチャイズ展開を開始。

2000年10月、大証2部に上場(13年に東証2部に市場変更)。

2006年にタビオ株式会社に改称。

2008年5月、長男の越智勝寛氏に事業承継し、代表取締役会長を現在まで務めていました。

 

越智会長は愛媛県の小さな村で11人兄弟の末っ子として生まれます。

実家は農家を営んでいましたが、越智会長が中学生の時に父親を亡くしたこともあり、進学せずにキング靴下鈴鹿商店という大阪の靴下問屋に丁稚奉公に出ます。

 

28歳で独立するまで、商売の基本をたたき込まれます。

 

越智直正の豪邸

越智直正会長の自宅は奈良県広陵町疋相にあります。

かなりの豪邸ということで有名みたいです。

ネット上では越智直正会長の豪邸の場所・外観などが特定されているようですが、ここでは掲載は控えます。

ご容赦ください。

IRBANKによると、2021年のタビオ株式会社の役員報酬については、

『役員報酬 取締役 1億2269万 (6名)』と記載されていたので、一人当たり約2000万円。

越智直正氏は会長なので、年収は2000万円は超えていたと考えられます。

 

 

越智直正の妻や息子と娘

越智直正会長は1968年の独立とほぼ同時期に妻と結婚。

奥様の名前は麗子さん(71)です。

2人の間には長男と2人の娘さんがいます。

 

 

現在、長男の越智勝寛氏がタビオ株式会社の代表取締役社長を務めています。

長男の越智勝寛さんは1969年生まれ。また、次男の存在も確認されており、越智康彦さんという方のようです。

 

 

越智会長は仕事が忙しく家族と接する時間はほとんどなかったそうです。

初めて家族でハイキングに行ったのは41歳のときで、それまで一緒に遠出したことは一度もなかったそうです。

 

越智直正会長曰く、長男の勝寛さんは『普通の子で今でも普通』。

 

越智直正会長は「自分は農家の子どもなので、家業を長男が継ぐのは当たり前だと思ってきました。そこに迷いはありませんでした」と話しており、勝寛さんが小さい頃から「おまえがちゃんとお父さんの跡を継ぐんやぞ」と伝え続けていました。

 

しかし、勝寛さんは音楽に夢中になり、大学を辞めてしまい、アルバイトしながらドラムを買ったりしていたそうです。

 

越智直正会長は長男が音楽をやることに反対はしませんでしたが、「25歳まではええよ。そこまでやって食えんかったら、(会社を)ちゃんとやれよ」と言っていました。

 

その後、勝寛さんは越智会長の友人が社長を務めていた化粧品会社で修業を積み、1997年にダン(現・タビオ)に入社します。

勝寛さんは商品本部長、取締役第一営業本部長を経て、2008年5月に社長に就任。

勝寛さんの経営手腕は父親譲りの見事な物でした。

 

2000年に大証2部(13年に東証に市場変更)に上場後、業績は一時的に足踏み状態が続いていた会社を勝寛氏が2006年から大胆な組織改革を実行し、収益性の改善に成功させています。

2007年2月期には売上高100億円を突破しています。

越智会長は長男について『普通の子』と話していましたが、優秀な人物であるのは確かですね。

 

次男の康彦さんもタビオ株式会社の取締役として働いています。

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tabio会長夫妻の死因と事故概要

6日午後6時25分ごろ、奈良県広陵町三吉の町道でtabio会長夫妻は軽トラックにはねられてしまいました。

警察によると、事故現場は横断歩道のない片側2車線の直線道路で、越智さんらは横断中だったそうです。

 

 

越智直正さんと妻の麗子さんの死因はいずれも心臓破裂と報じられています。

 

この事故で軽トラックを運転していた奈良県田原本町大網の会社員出口博章容疑者(45)が過失運転致死の疑いで逮捕されています。

 


ご冥福をお祈り申し上げます。

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