永瀬貴規の結婚や筋肉がスゴイ!両親(父母)やwiki経歴【画像】

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柔道男子81キロ級決勝に出場した永瀬貴規(27)=旭化成=が金メダルを獲得しました。

決勝ではモラエイ(モンゴル)との初対戦を制しました。

そこで今回は『永瀬貴規の結婚や筋肉がスゴイ!大学・高校wiki経歴や身長』についてまとめていきます。

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永瀬貴規は結婚している?

現在27歳の永瀬貴規選手ですが、結婚はされていないみたいです。

そしてなぜか永瀬貴規選手は利用しているSNSを鍵垢にしているため、彼女がいるかどうかも不明でした。

柔道に集中するためにSNSを断っているのかもしれませんね。

筋肉がスゴイ!【画像】

バキバキの筋肉がスゴイですね。

相当鍛えていることがよく分かります。

 

 

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ロープ登りのトレーニングをしているみたいです。

ロープ登りができるのも鍛えている証拠ですし、これを日々トレーニングで行うとは・・・しんどいですね。

強くなるためには当然かもしれません。さすがアスリートですね。

身長181㎝でに81キロの体重と無駄のない筋肉で相当絞られています。

力強いキレのいい動きが期待できます。

両親(父母)

瀬貴規選手は、3人兄弟の末っ子です。

姉と2歳上に兄:永瀬凉さんがいます。

永瀬貴規選手の父親は永瀬政司さんです。職業は国家公務員で長崎税関に務めています。

永瀬貴規選手の母親は永瀬小由利さんです。

元テニスの選手で、なんと全国大会に出場経験がある程の実力があったそうです。

その母親の小由利さんは中学では柔道部がなかった永瀬貴規選手のために高校に掛け合い、

車で往復80分の道のりを出稽古のために送迎していたようです。

永瀬貴規選手が長崎日大高校へ入学してから、国内外への遠征の時には小由利さんが、遠征について行き、様々なサポートをします。

息子のために母親が柔道のサポートを続けてくれたことに永瀬貴規選手は感謝しています。

wiki経歴

名前:永瀬貴規(ながせ たかのり)
生年月日:1993年10月14日
年齢:27歳
出身地:長崎県長崎市
身長:182cm
小学校:長崎大学教育学部附属小学校
中学校:長崎大学教育学部附属中学校
高校:長崎日大高校
大学:筑波大学
所属:旭化成株式会社
階級:81kg級

 

長い手足を生かした足技を得意としていて巧みな体の使い方で外国選手のパワーをいなす戦いが特徴の柔道家です。

親戚が長崎県長崎市の養心会少年柔道部という道場で先生をやっていたこと、兄が先に柔道を始めていたことに影響され、6歳から柔道を始めます。

小学校中学校時代は満足いく成績が残せず、各大会出場しますが、最高は5位だったみたいです。

2004年:全国小学生学年別柔道大会 5位
2008年:全国中学校柔道大会 5位

しかし、長崎日大高校に進学すると1年生のときにいきなり高校選手権の81kg級で優勝を果たします。

2010年:高校選手権 優勝
2010年:インターハイ 個人戦 5位 団体戦 5位
2011年:韓国ジュニア国際 優勝
2011年:インターハイ 優勝
2011年:全日本ジュニア 2位
2011年:講道館杯 3位

高校時代はインターハイ優勝も経験し、他の大会でも好成績を残し徐々に頭角を表します。

大学は筑波大学に進学します。

大学2年生のときには講道館杯全日本柔道体重別選手権大会や柔道グランドスラム・東京2013で優勝。

この頃からリオデジャネイロ五輪(柔道)への出場を意識し始めます。

2016年のリオ五輪に出場し、外国勢の層が厚いこの階級で日本勢4大会ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得します。

しかし、銅メダルの結果は悔しかったそうです。

試合終了後、井上康生監督からは「勝たせてあげられなくて申し訳ない」という言葉を頂きました。でも井上康生監督やチームの皆さんはすごく良い体制を作ってサポートして下さいましたし、負けたのは私の実力不足のせいだと思っています。勝てなくて申し訳なかったですし、自分の力のなさがとても歯がゆかったですね。

2020年の東京5輪で優勝を目標に再出発しますが、2017年の世界選手権で右ひざのじん帯を損傷する大怪我を負います。

手術も行いリハビリで1年間試合に出場することができませんでした。

怪我で苦しい時期でしたが、ポジティブに捉えていたそうです。

「膝の手術をしたり勝てない時期に、漠然としてではなく、どうしたら自分は成長できるのかを考え、その結果ステップアップすることができたから」

2018年夏に復帰し、2019年に全日本選抜体重別選手権で2年ぶりに優勝、国際大会4連勝を達成します。

無事に復活して以前よりも強くなれたのは2017年の怪我の経験があったからだと自信を取り戻します。

東京五輪が内定し、2大会連続のオリンピック代表となりましたが、コロナにより延期。

この延期期間もポジティブに捉えて、下半身のトレーニングなどに重点的に取り組みます。

そして、7月27日に前大会のリオの銅メダルの雪辱を晴らす金メダルを獲得しました。

おめでとうございます!

更新中

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