鍋島直昶wiki経歴|家族(奥さん・息子)について【ゴールデンシニアトリオ】

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ジャズ・ビブラフォン奏者の鍋島直昶(なべしま・なおてる)さんが6日に新型コロナウィルスで亡くなられたことが分かりました。

ビブラフォンとは鉄琴の一種です。音板の下にファンがあり、音の余韻にビブラートがかかるのが特徴です。

鍋島直昶さんは 大塚善章さん、宮本直介さんの3人でゴールデン・シニア・トリオを結成して活躍していました。

今回は鍋島直昶さんのwiki経歴、御家族についてまとめていきます。

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鍋島直昶wiki経歴

名前:鍋島直昶(なべしま なおてる)
生年月日:1926年 94歳
出身地:東京都世田谷区三軒茶屋

 

学歴は暁星小学校→暁星中学校→海軍航空隊へ。復員後は慶応義塾大学予科入学しますが中退。

4歳からヴァイオリンを始め、13歳でジャズピアノにハマります。戦後はドラマーとしてプロになります。

数々のバンドを経て25歳のとき仙台米軍キャンプでエミール・リチャーズと出会い、2年間ビブラフォンの師事を受けます。

鍋島 直昶

幼少期から多くの楽器に触れており、ビブラフォンを本格的に演奏するようになたのは25歳の頃みたいです。

以後関西を拠点にラジオ、ライブハウス、コンサート等で幅広く演奏しています。

そして2008年にゴールデン・シニア・トリオというジャズトリオを結成。

2015年に世界最高齢バンドとしてギネス認定。2016年にはG7の晩餐会に招待され演奏した経験をお持ちです。

2019年にゴールデン・シニア・トリオを解散することを決定。2019年10月27日に大阪・エルセラーンホールで解散コンサートを開きました。

解散理由は3人が元気に演奏できるうちに、トリオでの解散を決意したからだそうです。

3人とも生涯現役を貫くつもりだが、鍋島は「足腰を使った演奏がしんどくなってきた」としんみり語る。皆が元気に演奏できるうちに、トリオでの活動には終止符を打つことにした。27日の解散コンサートでは、これまでの活動を振り返るトークショーも開く

3人とも高齢により満足に演奏が出来なくなっていたみたいです。2019年の時は3人の年齢は合わせて260歳でした。

13日、神戸市内で開かれた「神戸ジャズストリート」の会場のホテルに3人が現れた。1曲目は「As Long As I Live」。ピアノの大塚善章(85)が3人と重ね合わせるように「生きてる限りは、目の黒いうちは、という意味です」と紹介すると、会場がどっと沸いた。

演奏が始まると、宮本直介(82)の重々しいベースが音楽を支え、大塚のピアノが自由に駆ける。最高齢のビブラフォン、鍋島直昶(なおてる)(93)は介助者に体を支えられながらも、軽快にバチを走らせた。

解散コンサート2週間前の「神戸ジャズストリート」でのライブも鍋島直昶さんは演奏に介助者が必要だったみたいです。

家族(奥さん・息子)について

生涯現役を誓っていた鍋島直昶さんですが、コロナウィルスによって亡くなられてしまいました。

コロナがなければ、まだビブラフォン奏者として演奏できたかもしれないです。残念ですね。本人も無念だったのではないでしょうか。

ジャズ・ビブラフォン奏者の鍋島直昶(なべしま・なおてる)さんが6日、新型コロナウイルス感染症で死去。94歳。告別式は近親者で済ませた。喪主は長男、直栄(なおしげ)氏。

佐賀藩主・鍋島直正のひ孫として東京で生まれ、戦後、ジャズのドラマーやビブラフォン奏者として活躍。2008年にピアノの大塚善章さん、ベースの宮本直介さんと「ゴールデン・シニア・トリオ」を結成し、15年に当時の平均年齢(83歳19日)で、世界最高齢バンドとしてギネス記録に認定された。

Yahooニュース

喪主は長男の鍋島直茂さんということで、息子さんがおられることが分かっています。しかし、その他のご家族の情報は不明。奥様がどんな方だったかは不明です。

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世間の反応

ビブラフォンを演奏するお姿、姿勢も良くてとてもかっこいい。立って演奏するんですからね。美しいビブラフォンの音色。YouTubeで探してみてください。
コロナで亡くなるということは、ご家族は病室でお別れもできなかっただろうし、お辛かったと思います。心からご冥福をお祈りいたします。

 

何度かご一緒させていただきましたが、演奏のため90歳を過ぎてもお一人で新幹線に乗り兵庫東京を往復していらっしゃいました。素敵なおじいさまでした、新幹線改札の先から何度も振り向いてくださった素敵な笑顔、ありがとうございます。また東京駅へお迎えに行く日を楽しみにしていたのに残念です。

 

ご冥福をお祈りいたします。高齢でジャズをしていたのは驚きでした。
しかも鍋島藩の直系とは、お洒落な人だったのかと思います。

 

残念で仕方がないと同時にコロナに対して憤りを感じる。鍋島さんの死を無駄にしない為にも私たちは改めて徹底した予防対策に努めてコロナを克服しなければならない。心からご冥福をお祈り申し上げます

コロナで亡くなられてことは残念です。

しかし、幼少期から音楽に触れてジャズに出会い、生涯ジャズ演奏家として過ごした人生は羨ましくみえます。

私も好きなことを生涯の仕事としたかったですね。

きっとまだ演奏されたかったでしょうが、天国でゆっくり休んで下さい。

亡くなられた鍋島直昶さんのご冥福をお祈り申し上げます。

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