木下富美子の子供(娘)と夫の名前や顔画像と大学|木下ふみこの若い頃

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7月2日に無免許運転で人身事故を起こしていた元・『都民ファーストの会』の木下ふみこ都議会議員が、11月9日に当選後初めて議会に出席する意向を示していると報じられました。

都議選中に無免許運転で書類送検され、説明責任を放棄したまま雲隠れしていましたが、ようやく公の場に出てくるかもしれません。

そこで今回は『木下富美子の子供(娘)と夫の名前や顔画像と大学|木下ふみこの若い頃』についてまとめていきます。

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木下富美子(木下ふみこ)のプロフィール

木下氏は1966年10月13日、名古屋市生まれの55歳です。

7月4日に投開票が行われた東京都議会選挙で、板橋区から都民ファーストの会が擁立した木下ふみこ都議会議員が出馬し、当選を果たしました。

ところが当選直後に無免許運転で人身事故を起こしていたことが判明。

この事態を受けて、

都民ファーストの会に所属していましたが、現在は無所属(SDGs東京)となっています。

 

7月2日 板橋区内で無免許運転をし乗用車に衝突し逃走。男女2人に軽傷を負わせる。
7月4日 都議選で再選される。
7月5日 選挙期間中の無免許事故が明るみに出る。
7月6日 都民ファーストの会から除名処分。1人会派「SDGs東京」を立ち上げる。
7月23日 都議会が辞職勧告決議を全会一致で可決。9月17日 警視庁が自動車運転処罰法違反と道交法違反の疑いで書類送検。
9月28日 2度目の辞職勧告決議が都議会で可決。
10月4日 都議会が召喚状を送付。
10月13日 召喚状に応じず。
10月14日 都議会が2度目の召喚状を送付。

 

木下富美子都議は2016年に小池百合子都知事率いる「希望の塾」に入塾。2017年には都議選に出馬し初当選し、今回の選挙で二選を果たしていました。

木下富美子の子供(娘)の名前や顔画像

木下富美子都議は、シングルマザーで娘さんが1人います。

娘さんは2017年に18歳だったということが判明しているので、現在は22、23歳ということになります。

木下富美子都議は社会人時代に1999年に育休から復帰したとあるので、年齢は一致します。

年齢から娘さんが大学生ではないかと言われていますが、大学に通っていたという事実は確認できませんでした。

また、名前や顔画像についても不明でした。

木下富美子都議の自宅は豊島区の一軒家で娘さんと暮らしていたそうですが、騒動後は自宅には帰ってきていないそうです。

近隣住民によると、9月頃までは娘さんが住んでいたみたいですが、現在は誰もいないとのこと。

 

「騒動が起きてから、まったく姿を見かけていません。2カ月くらい前までは娘さんが住んでいたようですが、最近は誰も出入りしている様子はありません」

 

また、木下都議は気性が荒く、頻繁に家の中から怒号が聞こえてきたとも近隣住民が話しています。

 

娘さんと激しくやり合うのです。数年前ですかね、かわいそうに、娘さんが深夜に家から締め出されてしまったこともありました。

 

真夜中にガシャーン、ガシャーンって、小一時間ずっと。大騒ぎですよ。当然、近所から通報が入り、パトカーがやってくる騒ぎになりました。娘さんが今回の騒ぎに巻き込まれて、どうなっているかが心配ですね

 

 

木下富美子の夫の名前や顔画像

木下富美子都議が離婚した夫は誰なのかは特定されていません。

木下富美子都議の自宅の表札は彼女の旧姓のままで、

近隣住民はほとんどの人が騒動があって初めて、彼女が木下都議だということを知ったそうです。

『木下』という姓は夫の名字のようです。

木下都議の旧姓については、ツイッターに情報がありましたが、真偽は不明だったので、詳細は伏せます。※登記簿から木下都議の旧姓らしき名字が判明したそうです。

娘さんが保育園時代の頃にはすでにシングルマザーとして働いていたみたいです。

残業もありましたが、幸い周りの協力が得られ、お迎えにいけない時は、元夫や夫の両親に助けてもらいました。その点はとても恵まれていましたし、その協力あってキャリアが継続できたのだと思います。

 

結婚時期は不明ですが、娘さんが小さい頃には既に離婚されていたみたいです。

また、木下都議が現在の自宅に引っ越してきたときには、まだ旦那さんと一緒に暮らしていたそうです。

 

引っ越されてきたのは20年くらい前ですかね。最初は旦那さんもいらしたんですが、やがて出ていかれて、その後は娘さんとお二人で暮らしていました。

木下富美子(木下ふみこ)の若い頃

木下富美子(木下ふみこ)の経歴ですが、

東京外国語大学卒業後の1990年に博報堂に入社。

入社4年目から3年間香川県高松市に転勤。

入社10年目の1999年にシングルマザーとして育休から復帰。

子供が生まれ離婚してからは、

「子供を産んだことをいかせる仕事は何だろう?」

と、子育ての経験をもとに役に立つ仕事をしたいと思うようになります。

2003年のクールビズキャンペーンで、当時環境大臣だった小池百合子都知事と出会い、接点を持ちます。

2012年から2年間、内閣府にも出向も経験し、博報堂で最後に担当したのがTBSと共同の保育園を開業でした。

博報堂時代の主な経歴
元・株式会社博報堂 ブランディングプロデューサー
元・内閣府男女共同参画制作企画調査官
元・内閣官房まち・ひと・しごと創生本部 地方創生人材支援制度(日本版シティマネージャー)1期生

木下富美子都議の若い頃の画像は見つかりませんでした。

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