今井隼人被告の現在やwiki経歴・生い立ち|母親や死刑判決【川崎老人ホーム連続殺人事件】

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今回は2014年に起きた川崎市の介護付き有料老人ホームで3人の入居者が転落死した事件の犯人:今井隼人被告について取り上げます。

今井隼人被告は1審判決で死刑とされましたが、今年の8月に控訴審公判が東京高裁で開かれました。

被告人質問で今井被告は「やっていないが、認めれば警察がマスコミの取材から家族を守ってくれると思った」と述べ殺害を否認しています。

そこで、「今井隼人被告の現在やwiki経歴・生い立ち|母親や死刑判決」についてまとめていきます。

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今井隼人被告の現在と川崎老人ホーム連続殺人事件について

2014年に神奈川県川崎市の介護付き有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で3人の入居者が転落死。

2014年11月4日 男性(87)が4階から転落死
2014年12月9日 女性(86)が4階から転落死
2014年12月31日 女性(96)が6階から転落死

この3つの転落死は殺人事件と断定され、2016年2月に当施設の元職員:今井隼人(当時23歳)が逮捕されました。

 

今井被告は神奈川県警の事情聴取で犯行を認める供述をし、1件目の殺人容疑で逮捕となります。

2016年に4月に3件目の殺人罪で起訴され、捜査終結します。

ところが、2018年1月23日横浜地裁での初公判で今井被告が起訴内容を全面否認します。

同年3月1日に検察側が死刑を求刑し、弁護側は無罪を主張し結審します。

被告人・弁護人側は、判決を不服として、同日付で東京高等裁判所に控訴。

2019年12月20日に控訴審の初公判が東京高等裁判所で開かれました。

検察側は控訴の棄却を求め弁護側は無罪を主張。

 

2021年8月30日に開かれた控訴審では、今井被告は逮捕前の事情聴取で殺害を認めた理由について、

「認めないと取り調べが終わらないと思った」

「やっていないが、認めれば警察がマスコミの取材から家族を守ってくれると思った」

と主張しています。

 

事件発覚から逮捕までの経緯
2011年   川崎市幸区にSアミーユ川崎幸町がオープン
2014年5月 今井被告が施設で働き始める
11月4日   男性(当時87)が4階から転落し、死亡を確認
12月9日   女性(当時86)が4階から転落死
31日     女性(当時96)が6階から転落死
15年9月   朝日新聞の報道で連続転落死が発覚
16年2月15日に逮捕

 

逮捕当時の報道では、今井被告は介護の経験が浅く、取り調べに「仕事上のストレスがあった」「夜勤が多く、むしゃくしゃしていた」などと話していたとあり、これが動機ではないかと言われていました。

しかし、現在は無罪を主張しており、動機は不明となっています。

今井隼人被告のwiki経歴・生い立ち


名前:今井隼人
年齢:29歳(2021年8月31日時点)
職業:介護士
住所:神奈川県横浜市
※住所と職業は逮捕時のもの

 

今井隼人被告は神奈川県横浜市で電器店を営む家の長男として生まれます。

地元の小中学校に通い、同級生の話だとごく普通の少年だったそうです。

中学時代は吹奏楽部に所属し、トロンボーンを担当。

今井隼人の中学時代についても「特徴のない普通の人間だよ」と同級生は話しています。

今井隼人の高校時代の情報は全く見当たりませんでした。

今井隼人は高校卒業後の2011年に神奈川県内の医療系専門学校に進学します。

 

医療系専門学校時代は、正義感が強くてやさしい人物だったそうです。

 「正義感が強くてやさしいやつだった。(容疑者だと)信じられない」。今井隼人容疑者と神奈川県内の医療系専門学校で3年間同じクラスだったという男性(23)は、当時を振り返り驚きを隠さない。

 男性によると、今井容疑者は話題も豊富で誰とでも仲が良く、クラスを引っ張るタイプだった。実習後の反省会では、男性に厳しい指摘をしつつも、「反省会後に個人的に『お前のここは良かった』と言ってくれた」

 

とても事件を起こすような人ではなかったみたいですね。

今井隼人に元気づけられた友人は多く、授業では「人の役に立ちたい」と夢を語り、成績も優秀でした。

授業後や週末に県外の高校で吹奏楽の指導を行い、友人には「吹奏楽の指導で稼いでいるから」とおごってくれていたそうです。

 

専門学生時代の今井隼人は何もかも順調そうでしたが、救急救命士の資格取得後、夢だった消防士の試験を受けますが失敗しています。

その後、介護士として働くことになります。

消防士になれなかったことが何か悪い影響を与えてしまったのかもしれません。

 

母親や死刑判決

今井隼人被告は逮捕当時、父親は既に他界しており、家族は母親と妹がいました。

家族3人で横浜市内のマンションで生活していました。

今井隼人被告の母親は裁判で検察側の証人として法廷に立ち、

「これまで何度もだまされて嫌な思いもしてきた」と、証言台に立った母親は被告との暮らしを振り返ります。

また、今井隼人被告から直接「自分がやったと聞いた」とも証言します。

息子の不利になる証言をしたことが話題になりました。

事件後母親と妹は自宅マンションから引っ越しており、母親は名前を変えて暮らしているそうです。

 

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