豊田徳幸の会社経歴(長崎,日光) 家族は妻と子供で埼玉出身

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知床半島の沖合で起きた観光船『カズワン』の遭難事故。

同船の船長は豊田徳幸さん(54)ですが、今も行方不明となっています。

運航会社の桂田精一社長は記者会見で、「ベテラン船長の中でも素晴らしいセンスがあると」語りました。

そこで今回は豊田徳幸船長の経歴や家族についてまとめていきます。

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豊田徳幸の会社経歴(長崎,日光)

豊田徳幸船長のfacebookが特定されており、1983年に中学を卒業、1985年に吉川高等学校を卒業したと記載されています。

 

 

文春オンラインによると、埼玉県出身だったそうです。

 

豊田船長は2013年5月2日〜2018年7月31日まで、日本水陸両用車協会の職員として長崎県で”船長ドライバー”を務めていました。

 

 

豊田船長の当時を知る関係者は、

「3人いたドライバーの中でもリーダー的な役割で点検や操縦などを他の2人に指導していた、立派な人だった」

「有明海は干満の差が大きいがそれも把握して運転していた、無茶をするような人ではなかった」などと話しています。

2018年からは日光で水陸両用バスの運転手を経験。

勤務態度は真面目だったそうです。

2年ほど前からしれとこ村グループが運営する知床遊覧船で正社員として働くようになります。

桂田精一社長は豊田船長を雇った経緯について次のように話しています。

 

まず、船長を雇った経緯として、もう一方いらっしゃいました。通常だとベテラン船長の方につけて、通常3年くらいやっていく。そういう形をとっていましたし、そう聞いていました。ベテラン船長の中でも、豊田さんは素晴らしいセンスがあると。来年でもいける可能性があると、そのシーズンの終わりには言っていました

 

水上バスとか運転されていたり、ドライバーとか操縦をしていた経歴の方。そういうところからの判断もあります。ベテランの船長たちから意見を言っていただいたということです。船長が見た感じというのを受け取ったという形です

豊田船長は遊覧船の操縦の経験の少なさや、知床の海の潮の流れなどの知識不足が指摘されています。

関係者によると、通常船長となるまで3年は乗務経験が必要とのこと。

しかし、豊田船長は甲板員を経て2021年には「KAZU 1(カズワン)」の船長に就任していました。

豊田船長の知人は、「豊田さんは仕事はなんでもテキパキとこなす人だった。船の操縦は上手だったが、知床の海は1年しか経験がなかった。波もすぐ出てくるし、普通の人にとっては大変だと思う」と話しています。

 

豊田船長のfacebookには『ブラック企業で右往左往です。』と投稿されていました。

 

会社の経営方針などからベテランの従業員が解雇されており、多忙だったかもしれません。

豊田徳幸の家族は妻と子供で埼玉出身

文春オンラインの報道により、豊田徳幸船長には妻子がいたことが明らかになりました。

妻子は埼玉県に残っていたようです。

現在は豊田船長のfacebook投稿は見れなくなっているので、家族が変更したのかもしれませんね。

豊田船長の妻や子供の顔画像や年齢などの素性は不明となっています。

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