村田浩明監督の経歴|小野勝利へのパワハラ内容【横浜高校/文春】

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2022年4月30日から話題になっていた横浜高校のドラフト候補・小野勝利選手の退部・退学。

退部・退学の理由を『野球部監督による暴言やいじめ』と小野勝利選手の父親がSNSで告白しました。※現在は削除済み。

そして、5月10日に文春オンラインが小野勝利選手の退部・退学の詳細について報じました。

そこで今回は横浜高校野球部の村田浩明監督についてまとめていきます。

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村田浩明監督の経歴

村田浩明監督は1986年7月17日生まれの35歳。

神奈川県出身で、中学時代は川崎北シニアで強肩強打の捕手として活躍。

当時の横浜高校野球部部長の小倉清一郎さんのスカウトにより、横浜高校に入学。

横浜高校では1年春からベンチ入りし、甲子園は03年春選抜準優勝、04年夏8強。

高校3年次には主将を務めています。

 

同学年には、プロで活躍する涌井秀章投手、石川雄洋選手がいました。

1学年上には、荒波翔選手、成瀬善久投手がいました。

横浜高校卒業後は、日体大に進学しますが、方針や野球観の違い等に悩み、更には肩を怪我したことで選手としての将来は諦め、指導者の道に進まれます。

 

神奈川県の保健体育科の教師として、霧ヶ丘高校で野球部長を4年間努め、 白山高校に赴任。

2020年から横浜高校の監督に就任しています。

 

中学時代:川崎北シニアでプレー
高校時代:横浜高校で捕手としてプレー。
2003年:春の甲子園大会で準優勝
2004年:夏の甲子園でベスト8
大学生時代:日本体育大学でプレー。横浜高校のコーチも務める
2013年:神奈川県立白山高校野球部監督に就任
2018年:夏の北神奈川大会で白山高校野球部をベスト8に導く
2020年:横浜高校の監督に就任
2021年:夏の甲子園大会に出場。監督としての初勝利を飾る。

 

 

プライベートでは結婚しており、嫁と息子が1人いるようです。

小野勝利へのパワハラ内容

小野勝利選手の父親・剛さんによれば、村田監督の行為は指導の領域を超えており、陰湿な内容で暴言やイジメに近いと話しています。

 

同じ被害に遭った本田凌太選手は医師の診察を受けているそうです。

ただ、現時点では剛さんの話だけで、横浜高校が今回の件に関して何も発表していないため、真相は不明です。

文春の取材についても沈黙しているようです。

また、ネット上で書き込みでは村田監督を擁護する声もでています。

 

小野氏の一方的な発信を正しいとするには情報が足りない

 

学校側のコメントもろくに調査らしきものは行っていない(その気もない)感が強くて微妙

 

村田監督の暴力はなく、将来性のある小野くんに考えて指導したところ受け入れてもらえずお節介さがイジメととらえたみたいですね。

 

小野勝利のプロフィール

名前:小野勝利(おの しょうり)
生年月日:2005年4月10日
出身地:埼玉県所沢市
身長・体重:180㎝・86㎏
投打:右投げ右打ち
ポジション:ファースト兼外野手
経歴:所沢市立山口中学校→横浜高等学校

小野勝利選手は兄の影響で5歳から泉ホワイトイーグルスで野球を開始。

小学6年生の時にはセレクションを勝ち抜き、埼玉西武ライオンズジュニアに所属。

中学時代は狭山西武ボーイズに所属。

4番・ファーストとしてプレーし、中学通算33本塁打をマーク。

中学卒業後は、横浜高校に進学していました。

横浜高校では1年生からベンチ入り。

1年夏の神奈川県大会では初打席でホームランを放つなど、6打数3安打5打点の活躍で3年ぶり19回目の優勝に貢献。

父親は元プロ野球選手の小野剛

小野勝利選手の父は元プロ野球選手の小野剛さんです。

1978年大分県中津市生まれで、親は県庁に務めていた地方公務員だったそうです。

 

現役時代は投手として活躍。

桐蔭高校、武蔵大学を経て、2000年ドラフト7位で巨人入りを果たしますが、

2年後に戦力外通告を受け、2003年にはイタリアでプレー。

2004年に西武で日本球界復帰し、3年間プレーした後、現役を引退しました。

現役引退後は飲食店、薬局、不動産、商社と幅広く事業を起こし、実業家として成功しています。

2017年に雑誌で特集が組まれた際には「年商4億」と紹介されていました。

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